渡辺剛 God is in the details.(神は細部に宿る)――。 (最も有名なのは、20世紀を代表する建築家ミース・ファン・デル・ローエがモットーとした格言として知られている。建築界の巨匠は「Less is more.(より少ないほうが豊かである)」を反映させた、ミニマニズム建築をいくつも遺した。不要な装飾をそぎ落とす中で、細部にこだわり抜かれたバルセロナチェアも、その代表作の一つだ)。 渡辺剛が、そうした芸術家たちがこぞって口にするフレーズを耳にしたのは中学時代だった。 「FC東京U-15深川のときに、テツさん(長澤徹)が監督だった。そのときにずっと言っていたのが、『神は細部に宿る』という言葉だった。それを今も心に刻みながらプレーしている」 長澤が選手たちに求めたのは、ワンプレーへのこだわりだけではないという。 「テツさんは、サッカーだけじゃなくて普段の生活もサッカーに与える影響が大きいという考え方の監督だった。そういう意味では日頃の行いもプレーに出るよという意味でも、そういう言葉を使っていたのだと思う」 渡辺剛にとって、この言葉は立ち返る原点であり、自らを律する特別な響きを持っている。 「サッカーは勝敗がつくスポーツ。勝てないとき、良いプレーができなかったときに、自分を見つめ直すときにいつもたどり着く。たとえば、今シーズンもメンバーから外れたときに、そうだよなって思い出した。良かったときじゃなくて、良くないときに立ち返る、意識する言葉になっている」 中学卒業後のキャリアは、決して平坦ではなかった。FC東京U-18への昇格を逃し、山梨学院高へと進学。中央大学を経て再び青赤に袖を通した。 「サッカー人生にとって中学時代は一番の分岐点だった。そのときは、そんな風に思っていなかった。苦しい時期だったからこそ、テツさんの言葉が印象に残っている」 渡辺剛がプロ入りした2019年に、長澤も再び東京のトップチームに加わった。プロの道を歩き始めた、彼に恩師はいつもこう言い続けた。 「お前は底辺から這い上がってきた。エリートなんかじゃない。だからといって、挫ける選手じゃない。雑草みたいに、たとえ一度、抜かれたとしても何度だって生えてくる。そういう不屈の精神を持ち合わせている。それは、ここに帰ってきた、剛自身が自ら証明したことだろ」 本音を言えば、「エリートのほうが楽だ」と言う。一方で、挫折を糧にプロへの道を切り開いた自負がある。 「挫折をして折れていたらここにはいない。きっと、テツさん自身も、オレがプロになるとは思っていなかったと思う。それでも、プロになった姿を見てきたからこそ、落ち込んでいる場合じゃないと、いつも背中を押してくれた。お前自身は、いつだってそういう場所から這い上がってきただろと声を掛けてくれた」 アカデミー時代に、青赤から離れて刻んだ丁寧な日々が存在する。その間も、立ち止まることは何度もあったはずだ。その度に、テツさんの言葉を羅針盤代わりに突き進んできた。青赤にたどり着いた今も、それに変わりはない。だからこそ、これからどんな厳しく険しい悪路に阻まれようとも、渡辺剛は帆を立てグングン進んでいける。神は細部に宿ると信じて――。
「神は細部に宿る」By 長澤徹(現・京都サンガヘッドコーチ)